ほっこりする話
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自宅の被害は、食器棚からお茶碗がころがり落ちる程度ですみました。けれど、経験したことのない大災害でしたから…当時は、3人の子どもがまだ小さかったため、家族を守るのに必死でした。近隣の方への、水の配給を手伝ったりもして。震災から7日目にようやくお店に出ることができました。13kmの道のりを、3~4時間かけて歩いたことを覚えています。
震災が起こったあの朝も、何人ものお客様が入浴なさっていました。後日、ある方が「灘温泉に来ていなかったら、タンスの下敷きになっていたよ。命を救ってもらった」とおっしゃったんです。これはとても印象深いできごとでした。
電話が使えなかったので、なかなか連絡がつかなかったのですが…道路が寸断されているにもかかわらず、大阪のボイラー会社さんがかけつけてくださったんです。調べてもらうと、水道筋店ではボイラーをつなぐパイプが折れていて、動かなくなっていることがわかりました。
1日の来館者数が3,000人にもおよび、行列ができました。「地域のライフライン」として、新聞にとりあげられたこともありました。王子公園に、無料の仮設のお風呂も設置されましたが、うちは有料だったにもかかわらず、本当に多くの方々が遠路はるばる、灘温泉へ来てくださって…。
余震が続いていたので、完全に復旧するまではいざというときのことを考えて、営業は明るい日中だけと決めていました。おかげさまで、60年続いてきたお店は倒壊こそしなかったものの損傷は大きく、できる範囲内で修繕を繰り返し、建物が使える状態になるまで4週間もかかりました。あんなにひどい揺れの中、よく全壊にならずにすんだなぁと思います。
お湯と施設がよければ、きっとお客様はまた来てくださるはずだと思って…震災から8年後、水道筋店を解体して改築(新築)しました。
天然温泉を掘ることは、私の祖父である1代目の夢だったんです。何度か挑戦したものの、敷地の制約や、技術的な問題のほか、掘る際にはどうしても振動が起こるため、ご近所にご迷惑をおかけしてしまうこともあって…なかなか実現できずにいたのです。
震災前から、天然温泉を掘るための研究を続けていました。震災後、灘区の六甲道界隈に位置する備後町3・4丁目のまちづくり協議会に参加したとき、「こんな時に不謹慎かもしれませんが、さら地の状態なら温泉を掘ることができるかもしれない…」と話したところ、「それはいい」「まちが元気になる」とみなさんが応援してくださって。源泉を掘るぞという決意がかたまったんです。
神戸市内では、日本有数の温泉地として有馬温泉が知られていますが、実は長田区などにも天然温泉が存在するんですよ。人工的に掘ったものですから、あまり注目されていませんが、灘区にも5つの天然温泉が湧いています。灘区では、灘温泉が最初だったのではないでしょうか。
利用なさるのは、半分以上がご高齢の方々。いつも元気な96歳のおじいちゃんもいらっしゃいます。私も持病はあるものの、65歳になった今も元気にすごしていられるのは、毎日お風呂に入っているから。温泉に入ることを楽しみにしておられる方々がいつでも入れるよう、できるだけ長い時間、お店を開けておきたいと思っています。
具体的な時期はわかりませんが…ピーク時には神戸市内に200軒ほどの銭湯があったものの、震災で半数に減ってしまいました。木造やレンガ造りの建物が多く、構造が弱かったことや煙突が倒れるなどの被害があって、やむを得ず閉店した銭湯も多々あります。また、最近は原油の高騰による燃料費の上昇など、経済的な問題や精神的なプレッシャーもあって、経営を続けられない銭湯も増えています。そんな状況でも、私たちが続けていられたのは、地域の方たちや来てくださるお客様のおかげだなぁと。
お客様の背中を流した小学生が、ごほうびにアイスクリームをもらう…という取り組みを2年ほど続けました。テレビの取材もあるほど話題にもなりましたから、コミュニケーションを生み出すきっかけになったのではないでしょうか。
「すくすくクラブ」では、小さい子どもたちとその保護者の前で、図書館で借りてきた紙芝居や絵本を妻が朗読しています。その後、親子でお風呂に入っていただくんです。そんな活動に興味をもった若い保育士さんが電子ピアノを持ち込んで子どもたちと歌うなど、活動が少しずつ広がっているんですよ。お誕生日会やクリスマス会なども開催しています。子どもたちが幼いころにお風呂屋さんでお風呂に入ることは、すばらしい経験になるはずです。
昔は、お母さんが湯船につかったり、体を洗っているときにまわりの人たちや風呂屋のスタッフが子どもたちのめんどうを見ていました。現在は、時代の風潮として、そういうことがむずかしいですが…顔見知りが増えれば、助け合いが自然とおこなわれるんですよね。お風呂に入っている方にとっても、子どもの面倒をみることが、心の癒しになるんじゃないかと思っています。
テレビに向かって話しかけることが多い…という、ひとり暮らしをしているご高齢の方が「お風呂に入りに来たときには、人と話すようにしている」という話も聞きます。灘温泉に来ることが、日々の暮らしの習慣となり、同じ時間帯に来る方たちが自然と友だちになることもあるんですよ。ご利用いただく方も、経営する私たちも「ありがとう」と気持ちよく感謝しあえる関係を、これからもつくり続けていきたいですね。とくに、水道筋商店街では長い時間をかけて培ってきた、顔が見える方々とのつながりも多くあります。その関係を大切にしながら、地道にお店を続けていけるといいなぁと願っています。