あなたは自分の地域の避難場所を知っていますか?
地域の防災訓練に参加したことはあるでしょうか?
残念ながら、地域防災に積極的に関わろうという若者は非常に少ないのが現状です。
例えば、地域で防災訓練を行うとき、その中心となるのは、たいていの場合若者ではありません。
そんな中、岩井利早さんは中学1年生のころから東川崎防災ジュニアチームの一員として地域防災に関わり、現在は大学に通いながら、中央消防団の団員として活動をしています。
岩井さんは19歳のときに消防団に入りました。彼女はその理由を「かっこいいと思ったから」と話します。岩井さんの言う「かっこいい」には、消防団員の立ち居振る舞いといった目に見えるかっこよさだけでなく、地域のために貢献する大人の生き方に対する尊敬が多分に含まれているようです。
一体何が彼女を地域の防災活動へと向かわせているのでしょうか。
「面白そう!」から始まった
阪神・淡路大震災後、神戸市は地域防災の強化に力を入れてきました。市民・事業所・行政が協力して防災や福祉に取り組む「防災福祉コミュニティ」事業を推進しましたが、なかなか若者の参加を得られないことに頭を悩ませていました。
そんな中、東川崎ふれあいのまちづくり協議会防災部会は、若者だけの組織を作ることで、これからの地域を担う世代も参加しやすくなるのではないかと考え、地元の中学生に参加を呼びかけます。こうして、中学生を対象とした「東川崎防災ジュニアチーム(以下、ジュニア)」が結成されました。1996年11月9日のことでした。
岩井さんがジュニアに加入したのは、結成から10年後の2006年。中学1年生のときです。
学校から案内があって、ジュニアのことを知りました。先生に「いろんな体験できるで」と言われて、なんか面白そうやな、と思って参加することにしました。バレー部の同級生と3人で「一緒に入ろっか」と。
バレー部の顧問の先生も協力的で、岩井さんたちの活動を後押ししてくれたといいます。
ボランティア活動に理解のある先生で、どんどん行ってこい、って感じで。当時は月2回のペースで、土曜や日曜の午前中に活動があったのですが、バレー部の試合があるとき以外は快く送り出してくれました。
ジュニアでは、消防署の職員や消防団員の指導のもと、さまざまな訓練が行われます。可搬式小型動力ポンプや消火器を用いた訓練をはじめ、AEDの使い方も学び、応急処置の練習もします。炊き出し訓練もありました。
ポンプ操作訓練。岩井さんが所属していた当時はジャージで活動していたが、現在は制服を着て訓練にのぞむ
ジュニアの救命講習のようす。AEDもスムーズに使えるようになる
私がジュニアに所属していたときは隔週での活動でしたが、今は月に1回、主に学校の近くにある公園を使って訓練しています。訓練の内容もブラッシュアップされていて、より役に立つ内容になっているな、と感じます。
最近では、消火や応急処置の訓練だけでなく、「非常用持ち出し袋に何を入れておけばよいのか」「どのくらいの重さまでなら無理なく持ち運べるか」といったことも、実際に非常用持ち出し袋を背負いながら学ぶのだそうです。
ジュニアの訓練に消防団員としてサポートに入るのですが、みんなの様子を見ていると、いい体験してるな、と思います。
阪神・淡路大震災を知らない世代として
岩井さんが生まれたのは1994年5月。震災のときには生後7カ月でした。そのため、震災の記憶はまったくありません。家族から当時の話を聞いたり、小学校のときに授業で「人と防災未来センター」へ見学に行ったりする中で、知識として知っているという感覚だといいます。
ジュニアでは1泊2日の合宿があって、地震や避難所生活の疑似体験をしました。地震の揺れを体験できる地震体験車に乗ったり、非常食を食べたり。夕食はお湯をかけると食べられるようになるごはんと、缶詰のシーチキンでした。日が落ちて暗くなってきたら毛布1枚にくるまってみんなで雑魚寝です。
合宿が終わって家に帰って、あったかいごはんとおいしいおかずが出てきたとき、今までこれが当たり前だと思ってたけど、そうじゃないんやな、ありがたいな、と初めて思いました。
岩井さんはこういった疑似体験を通して多くを学んできました。とはいえ、自分自身が実際に震災に遭ったわけではないので、どうしても自分の言葉で震災のことを語ることはできません。消防団員として、ジュニアの中学生に指導するときに、どう伝えたらよいのだろうかという悩みを抱くこともあるといいます。
しかし、若い岩井さんだからこその関わり方があります。
ジュニアは6対4くらいの割合で女子の方が多いです。他の団員に比べて、私はわりと年齢が近いし、女性ということもあって話しかけやすいみたいで「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と慕ってくれるんです。よっぽどの用事がない限りはジュニアの活動に顔を出すようにしています。
現在の東川崎防災ジュニアチーム。今も昔も女子の方が多い
若くて経験は少ないけれど、「親しみやすさ」が岩井さんの強みなのです。また、消防団というと、どうしても男性がメーンのイメージがありますが、岩井さんはジュニアの後輩たちと接するときに、自分が女性であることの利点をごく自然に活(い)かしているようにも見えました。
女性団員だからこその役割がある
現在、全国の消防団員の数は約88万人。そのうち女性は約2万人にのぼります。女性の団員は年々増加傾向にあり、その活躍が期待されています。
たとえば、高齢者宅の防火訪問といった場面を思い浮かべてみてください。一人暮らしのお年寄りのなかには、女性団員の訪問の方が安心感を持つ人も多いのではないでしょうか。また、地域住民に対する防災教育や応急手当の普及指導も、習う側が女性の場合、インストラクターが女性団員の方が質問などもしやすいでしょう。
岩井さんが所属する神戸中央消防団にも、岩井さんのほかに14名の女性団員がいるそうです。
最近、神戸市内の女性団員が集まる親睦会があったんですけど、仕事してはる方もいれば主婦の方もいて、年齢は20歳の私から上は60歳近い方まで、いろんな人がいました。
女性は基本的に現場での消火活動などはせず、広報や防災教育の分野での活動が多いけど、阪神・淡路大震災みたいなことが起きて、人手が足りなくなったら自分もいつでも力を貸せるようにしとかな、と思っています。
消防団の活動について「楽しいから続けている」という岩井さんですが、いざというときには自分が地域防災の力になるのだという覚悟を、言葉の端々に垣間見た気がしました。
2014年12月に改定された神戸市の地域防災計画では、多様な視点からの防災・減災の取組みの必要性がうたわれています。今後は女性ならではの視点が求められることも増えていくことでしょう。
将来は“教える”仕事に就きたい
消防団の活動を通してたくさんの出会いがあったという岩井さん。所属する消防団の団員はもちろんのこと、兵庫県内の消防団の、年齢や所属もさまざまな人との出会いがありました。さらに、地域の人々とのふれあいや消防署の署員との対話。そういった経験を通して、自分の将来を見つめるようになったといいます。
岩井さんは中学生のころから人に教える仕事がしたいという想いがあり、将来は体育の教師になることを目標にしてきました。
しかし、今は学校の教員以外の道も選択肢に入ってきたそうです。
今度、救命講習のインストラクターになるための講習を受ける予定です。AEDの使い方や胸骨圧迫のやり方など、普通に暮らしていたら知らずに過ごしていたようなことも、資格をとることで人に教えられるようになる。教える仕事は“学校の先生”以外にもいろんな道があるんやな、と思うようになりました。
今は消防団に身を置きつつ、私がやりたかったことに近づいているという感覚があります。消防団に入って、消防署にもたまに来るようになって、いずれは消防署員となって、地域のためにできることもあるかもしれない、と考えることもあります。
3日間の講習を受け、テストに合格すると救命インストラクターとして活躍できる
消防団に入ることを考えたとき、ジュニアの先輩として「中学生に教えることを通してもう一度自分も学べると思った」と話す岩井さん。ジュニアに所属していたころから今まで、辞めたいと思ったことは一度もないと言い切ります。
ジュニアに入ってくる中学1年生の子たちは、まったく何も知らない状態で入ってきます。でも3年間続けると、AEDの使い方とか消火活動の仕方もちゃんと身につけて卒業していきます。知らなかったことを学べて楽しいのに、なんでみんなやってみないんやろ、と思います。
また、ジュニアの活動では、地域のお年寄りと一緒に訓練を行うこともあるそうです。
おじいさんやおばあさんが、私の説明を一生懸命聞いてくれるんです。救命講習で三角巾のたたみ方をやったとき、「これ大変やね、わからへんなぁ」と言っていたおばあさんにやり方を教えてあげたら、とても喜んでくれました。もともとは人見知りなんですけど、最近は人と話すのが楽しくて。
照れくさそうに笑いながら話す彼女の様子からは、地域防災に関わることについて「地域社会のために」といった気負いはまったく感じられません。ごく自然に、人とつながることを楽しみながら取り組んでいるように見えます。
また、防災に関わることで、知らなかったことを学べるのが“楽しい”という感覚は、阪神・淡路大震災を経験していないからこその強みではないでしょうか。
“面白そう”とか“楽しい”がモチベーションになる防災。
そして伝え聞いた悲しみの記憶から芽吹いた“覚悟”がしっかりと根付いている防災。
誤解を恐れずに言えば、これからの地域防災は「人と人とがつながる楽しさ」がひとつのカギになるかもしれません。悲しくてつらい記憶からスタートする地域防災ではなく、人と人とがつながるときに生まれる楽しさからスタートする地域防災。
震災の記憶は語り継ぎながらも、若い世代が震災を正しく理解し、役に立つ技術を身につけ、いざというときにはみんなで助け合う。そんな防災福祉コミュニティを作ることができたら、それこそが神戸の目指す地域防災の姿なのかもしれません。
(取材・文/松山史恵)
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